「雨、降って来たな」
 ぽつぽつと手に当たる雨粒に陽の気があることに驚いて月夜は目を伏せて溜め息を吐い
た。
「うん」
 夕香も気づいていた。この雨は普通の雨ではないと。妖狼のこの村もかなりあわただし
くなっている。月夜は右手を一閃するだけで村を囲むだけの大きな結界を張って守った。
「子狼が死んでしまう。……妖気を浄化するだけの力はあるようだ。危ない。あっちの世
では陰の気の雨が降っているわ、雨が続いているわでかなり騒がれているそうだ。早めに
片をつけなければ、破滅を招くだろう」
 結界の幕を通れずに伝う水を見上げながら月夜はつぶやいた。ふと、しばらくあってい
なかった足音の持ち主が小走りに寄ってくるのを感じて顔をそちらに向けると、嵐の妹の
麗が走ってきた。しばらくみないうちに凛に似てきたな思って首をかしげた。かなりあせ
っている表情だ。
「都軌兄!」
「どうした? 麗」
「早く来て」
 ぐいぐいと手を引かれもつれるように走ると入り口付近に人だかりがあった。眉を寄せ
て駆け寄ると一人の少年と見慣れた白髪の青年が立っていた。
「早く、じゃなきゃ」
 舌打ちをして飛び出すと不意打ちに近い状況で霊力の刃を白空の首めがけて放った。彼
はよけるそぶりも見せずにむしろそれを受け止めた。最初からわかっている。ただの傀儡
だ。
「あいつは」
「俺が追っている禍津霊だ。怪我は無いな」
「ああ。お前は。何者だ」
「ただの人、術者だが?」
 答えた言葉に少年はいぶかしげに眉を寄せた。妖狼たちの視線が二人に集まる。
「ただの人か? 違う炎が見える」
 その言葉に眉をひそめた。どんな炎だと聞こうとしたところで里の彼方から凛が来た。
血相を変えていることから、白空の傀儡が里に来たということに気づいているらしい。太
刀やら何やら彼女が持つと冗談ではすまなくなるような物騒なものを持ってきて月夜に近
づいた。
「平気か?」
「ああ。んで、その太刀、どうした?」
「使えそうだったから持ってきた。蔵は壊れてたから、金気があるものありったけ屋敷に
あるから、必要なものは帰るときに持っていって」
「わかった」
 探す余裕がないとの判断だろう。それほどまでに崩れていたらしい。だが、そんな無茶、
凛一人でするかと考えたが、一人、するやつが近くというより隣にいたなと溜め息を吐い
た。
「これとこれでいい?」
「ああ。助かった」
 懐剣を懐にしまい手鏡を袂にしまい眼を伏せた。とりあえず腰を抜かしている白空に襲
われかけた少年に手を貸し、村に帰り溜め息を吐いた。
「溜め息が多いな」
「まあ、な」
 気がかりな事は全くわからない。ここまでつかめないのは情報の少なさのせいだ。憶測
や推測はもうできているのだが、それであっているのかもわからない。
「天狐なのか? それとも」
「確かに近くに天狐がいるが、俺自身、天狐の血は引いていない。母親が幼い頃にどこか
に行ってしまったのでな。何かの混血だとしても何の混血もわからん。それに、多分、そ
の炎が見えるようになったのはここ数ヶ月間の間だからな。何かの呪いをかけられた可能
性もあるんだ」
 肩をすくめて彼を見た。彼は月夜を見ずに月夜の方向の遠くを見ている。
「炎。天狐じゃない。もっと強い、何か、神気を持っている。その身に秘められし力、相
伝の時期が早まった」
「なにを」
 いぶかしげな月夜に凛は肩をすくめた。里に入ったが少年の言葉に耳を澄ましている狼
が多数だ。
「ああ、この子、予言の能力持ってるのよ。うちの神官候補。ね」
 少年は頷くと月夜に焦点を結んだ。危なげだった表情から神妙な表情に変わったのを見
て月夜は眉を寄せた。
「貴方に覚醒した予知能力は完全ではない。それについて貴方は知っている。だが、その
予知を変えることはもはやできない。いずれ、母と見えるだろう。俺にはそれだけだ」
「神が降りているのか」
「ああ、玉という依り代がなくなったおかげで予言しやすくなった。神はここにある」
 胸の珠を取り出して頷いた。確かに神気を感じる。
「そこにとどまれるのは一時の間だろう。玉の代わりになる依り代が必要だな」
 どうしたものかと凛が眉を寄せているとまた、月夜の中で不穏な脈動がはねる。ざっと
音を立てて血の気を引いたのを感じ月夜は額を押さえた。一瞬だが、また、風が吹き荒れ
る。
「月夜っ!」
 夕香の悲鳴が遠くで聞こえ月夜の意識はそこで消えた。


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